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加古川市の根本治療専門院
鍼灸治療院きさらぎ 院長の独り言

ホームページでは伝えきれない役立つ情報、大切なメッセージ、
臨床雑話
大当たり!
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    昨夜は珍しく、〇カ〇ピザを注文しました。

    因みに昨日の食事はこれだけ。

    カリカリの生地にベーコン・トマト・ポテトに

    マカロニみたいなもの、そしてエビが乗っているやつ。

     

    たまに食べるといつも思う。

    ピザってやつは何が載っていても

    結局トマトとチーズが勝っちゃうのね(笑)

     

    それから暫くして床に就き、
    真夜中2時すぎ。

     

    「痛い!」
    お腹を締め付けるような急激な痛み。
    たまらず厠へかけこむや、見事に下痢。
    そして吐き気。

     

    しばらく出られず、
    また朝まで何度か往復。

     

    脈を診ると全体に細く弱く且つ速く打っている。
    肝に関する脈がもっとも沈んで細く渋っている。
    肝虚寒証。
    神経反射テストでも胃腸全体と肝臓に異常反応有り。

     

    食事から約5時間。
    典型的ですな。当たってしまいました。
    恐らくはエビ。

     

    先日、食中毒と鍼灸治療について投稿したばかりなのに
    当の自分が当たってしまうとは(笑)

     

     

    早速治療。身体の求めに応じて鍼を施す。
    吐き気が治まり、腹部全体の重だるい不快感消失。
    息もしやすくなる。
    その後、もう一度下痢をしてスッキリ。

     

    脈を診ると全体に生気ある脈に変わってきたが、
    まだ全体に弱く、肝の脈もやや渋っている。
    間を置いてもう一度治療しよう。

     

    ここ大事なところです。

     

    症状が治まったからと言って
    治ったわけではないという事です。

     

    もちろん治療前よりも状態は良くなっているわけですが、
    まだ内臓の負担自体は取りきれていない。
    きちんと回復し、そしてその状態を維持できるまでにもっていくには
    さらに治療をする必要があります。
    今回は急性症状でしたが、慢性症状なら猶更です。

     

     

    「症状が治まった、痛みが取れた=治った」と自己判断して
    途中で治療を止めてしまえば、
    高い確率で再発します。
    だってまだ治ってませんから。

     

    「私、どこで治療を受けてもすぐ戻ってしまうのよ〜」と
    言う方がそういう状況を繰り返す原因のひとつがここにあります。

     

    症状が治まった、痛みが取れた、
    その後の治療の方がむしろ大事なのです

     

    症状への捉われから離れ、しっかりと自分の身体と向き合うことが
    治癒への早道です。

     

     

    さて、以前定期的にメンテナンスに来られている患者さんの一人が
    急な胃の不快感と吐き気を訴え来院されたことがあります。
    この時も肝虚寒証でしたが、
    時間が経つともっと悪くなりそうな気配のする脈でした。
    本治法とこの時はお灸も施しました。

     

    ご帰宅後、他のご家族は激しい下痢・腹痛・嘔吐・発熱で
    苦しまれたそうですが、この方は下痢だけで済んだそうで、
    喜んでらっしゃいました。
    ご家族で牡蠣料理を食べた後だったようです。

     

    劇症の食中毒は西洋医学での緊急処置が必要ですが、
    軽い食中毒なら充分に鍼治療で対応できます。
    また早目早目の治療が重症化を阻む力になるとともに
    回復を速めます。

     

     

    気になることがあれば、お気軽にそしてお早目にご相談下さい。

     

     

    根本治療専門 鍼灸治療院きさらぎ
    TEL 079−421−9353
    公式サイト 

     

    #加古川市 #食中毒 #食当たり 

    #下痢 #嘔吐 #吐き気 #発熱

     

     

    | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
    食中毒と鍼灸治療
    0

      鍼灸治療は感染症にも対応できることをご存知ですか?

       

      風邪やヘルペス、顔面神経麻痺(感染が原因でない麻痺もあります)

      予防接種による感染に起因する症状などは

      当院では比較的よく扱う症例です。

       

      さて、感染症の中でも鍼灸の適応疾患として

      意外に知られておらず、

      そして意外に多いのが食中毒。

      食当たりですね。

      梅雨の時期から最近のように熱い時節は特に要注意です。

       

       

      食事してから数時間以内に

      下記のような症状が現われます。

       

      胃の不快感

      胃けいれん

      吐き気

      嘔吐

      下痢(軽ければ便秘にも)

      身体の重だるさ 疲労感

      発熱

      など

       

       

      下痢や嘔吐がなく、なんとなく身体が重いなどという場合、

      食中毒だというご自覚はあまりないことが多いですが、

      激しい嘔吐や下痢を伴わない、胃の不快感や身体の重だるさなど

      軽い食あたりなら、驚くほど頻繁に起こっています。

      肉・魚は火を通していても完全に細菌を殺せるわけではないので、

      弁当やお惣菜など調理から時間が経ったものは気を付けましょう。

       

       

      当院では脈診と触診、筋肉反射テストなどによって

      病態を把握し、適切な鍼治療を施してゆきます。

      治癒力を活性化させる治療ですので、

      必要に応じて下痢などの症状が強くなる場合もありますが、

      それは排泄機能が高まっている証拠ですから、

      その分治りが速くなります。

      大抵は治療中に身体の不快感は消えることが多いです。

       

       

      感染機序は違いますが、同様の症状のウィルス性胃腸炎などにも

      効果的です。

      治癒力自体を高めるための治療なので

      感染菌・ウィルスの種類の違いは問題ではないのです。

       

      ※もちろん、緊急的処置が必要な劇症の場合は

      西洋医学の対症療法の方が効果的です。

       

       

      劇症ではないが、胃の不快感や吐き気がある、

      胃の不快感や吐き気が続く、

      胃腸炎の病院での治療後も、

      なんだか調子が悪い、

      というような場合はお気軽にご相談下さいね。

       

       

       

      根本治療専門 鍼灸治療院きさらぎ

      TEL 0794219353

      公式ホームページ

       

      | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
      「今」と向き合う稽古
      0

        「鍼を打ってもらうといつも手先足先まで何かが流れ

         温かくなってゆくのを感じます」

         

        つい先日、治療中、そう言って下さった方がいらっしゃいました。

        実はこれ、本当に大切なことです。

        身体に起こった変化・現象が、ではなく、

        その変化に彼女が気付いたということが、です。

         

        何故なら彼女は、「今」と向き合えていたからです。

         

        さらに彼女の良い点は

        今、身に起こり感じ取った変化を

        言葉にすることが出来たことです。

        それは日常に起こる様々な良い変化を

        受け取り喜べる心の習慣があるという事だからです。

         

        今起こっていることを受け取るには

        今を生きていなければなりません。

        それとは対照的に過去や未来に生きている人
        つまり、頭の中で生きている人は
        多くのものを見逃し聞き逃してしまいます。
        そのような悪癖から離れ、
        「今」を感じとる感覚を取り戻すには
        自分の身体と向かい合える治療時間は
        大変有意義な機会にすることが出来るでしょう。
        しかしながら実のところ、

        多くの方がなかなかソレが出来ないのです。

         

         

        仕事の事、その日の次の予定、晩御飯の献立の事・・・・

        治療中も未来の出来事で頭がいっぱいの人。

         

        「〜すると必ず〇〇の症状がでる」

        「こないだは〇〇の症状が出た」

        記憶の中の症状を追いかけ続ける人。

         

        「どうして私がこんな体にならなくちゃいけないの」

        「前はこんなじゃなかったのに」

        「こんなのは私じゃない」

        自問自答を繰り返しながら過去を現在に持ち込んで

        頭がいっぱいの人。

         

        「私の身体はこのままどうなってしまうんだろう」

        「本当はもっと悪い病気なんじゃないか」

        悲観的な未来を想像して頭がいっぱいの人。

         

         

        過去と未来という頭の中のこしらえごとに縛られて

        「今」に生きていないのです。

         

         

        鍼を打ち始めると身体は時々刻々と静かに変化してゆきます。

        全身の気血の流れが良くなり、冷えた身体は温まり始め、

        火照った身体は程よく冷めてゆく。

        内臓が動き出し、グルグルと腸が鳴る。

        浮腫みが取れ、体が締まってくる。

        無駄な筋肉の緊張が緩み、ベッドへ深く身体を委ねられるようになる。

        浅かった呼吸が静かに深くなってゆく。

        ・・・・・etc

         

        その変化はまさに「今」起こっていること。

        その変化をつぶさに感じ取っていくということは、

        「今」と向き合うということです。

         

        諸行は無常。

        「今」は常に変化し続ける「今」です。

        変化しないものなどないのですから、

        感じようとすれば、

        感性を繊細に研ぎ澄ませ、それに身を委ねれば、

        様々な変化に気付けない筈はないのです。

         

        そうやって身体を通して「今」と向き合う稽古を繰り返す程、

        感覚はより繊細に柔らかく鍛えられてゆき、

        より小さな変化をも感じ取れるようになってきます。

         

        やがてそれは

        日常に起こる様々な変化をも捉えだしてゆきます。

        今まで見えていなかったものが見えるようになり、

        今まで聞こえていなかったものが聞こえるようになる。

        それだけ、世界が広がり開けてくるということです。

         

        素晴らしいと思いませんか?

         

         

        過去や未来や不満や不安や願望や、

        いつも考え事、こしらえごとで頭をいっぱいにしている人は

        自分の尺度に沿った見たいものや

        見たくないものばかりを見てしまいます。

        そのようなものにばかりアンテナを張っているので

        本当に良い変化が目の前に起こっていたとしても

        見逃してしまうのです。

        たとえ気づいても喜べないのです。

         

        不安が不安を呼び、不満が不満を呼び、

        自らその色に世界を染めてしまいます。

        暗い、辛い、私は可哀想だ、

        自分で拵えたそんな色眼鏡で世界を見る限り、

        世界はいつも暗く辛いまま。

         

        感情や願望や出来事の自己解釈に惑わされず、

        「今」と向き合っていかない限り、

        その世界から抜け出すのはなかなか難しいのではないでしょうか。

         

         

        身体と向き合う。その変化を味わってゆく。

        それは「今」と向き合うまたとない稽古。

        感性を、感覚を柔らかに育ててゆく機会にすることが出来ます。

         

        ですから、当院では治療前の数分、

        ベッドに横たわって目を閉じ、自分の身体を、

        身体の現状を観察してもらう時間を設けています。

         

        変化を変化として感じ、

        そしてそれを受け入れる心と身体の用意がきちんとできるほど、

        同じひと鍼でも身体の反応はそれだけ速く、深く、広くなってゆきます。

        同じ治療の中で気づけることも多くなります。

        その結果、治療効果が高まり、回復も速くなってゆきます。

         

        その気付きを活かして、日常の自分の身体の変化を観察し、

        養生に励めば、猶更回復に拍車がかかります。

         

        逆に症状に捉われ、願望に捉われ、過去に捉われ、

        不安や不満に縛られていると、

        それだけ道は遠くなります。

         

         

        同じ時を過ごしながら、それだけの差が出てしまう。

        もったいないと思いませんか?

         

         

         

        余計なことは考えない。

        ヨガも瞑想も座禅も「今」と向き合う稽古ですね。

        日常の一々の作務に徹することも

        「今」と向き合う稽古にすることが出来ます。

         

        日常を稽古に。

        それが出来たら最高だと思いませんか?

        誰もが取り組めることです。

        私には無理と自分を見限らない限り。

         

         

        先ずは身体と向き合うことから

        始めてみませんか?

         

        『世界がどのように観えようと
         それは自分の在り方への応答だ
         何も観えていない私
         愚かさを深めよう
         闇と向き合う者にだけ
         光はすでに届いている』

         

         

        昨日までとは違う、新たな未来を開いてゆくには

        今の自分としっかり向き合ってゆく必要があります。

        逆に言えば、今の自分としっかり向かいあわずに

        昨日までの生き方(習慣)を改善することがないなら

        昨日をなぞるようにしか生きられないということであり、

        新たな未来を切り開いてゆくことは難しいでしょう。

         

        あなたはそういう人生を選びますか?

        それとも見たこと聞いた事のない新しい世界を想像し、

        創造していける人生を選びますか?

         

        本気で変わりたい、人生を変えたい方は

        お気軽にお電話下さい。

         

         

        根本治療専門

        鍼灸治療院きさらぎ

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        #加古川 #鍼灸 #今と向き合う #稽古

         

        | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 10:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
        嬉しいご報告
        0

          先日、患者さんからご連絡がありました。

          「昨日の朝、第2子を出産しました」と。

          先月、逆子(33週)のため、来院された方でした。

           

          こういうご報告って嬉しいんですよね。
          生まれたばかりのお子さんの写真も添えられてあり、
          可愛いなぁとしばらく見入ってしまいました。

           

          鍼灸って逆子にも対応できるんですよ。
          ご存知でしたか?

           

          といっても無理やり逆子を回すための対症療法じゃなく、
          逆子になるような心身の不調和を整えてゆく治療です。
          結果として逆子状態が改善してゆくということですね。
          ですから同じ治療が安産にも繋がってゆきます。

           

          件の患者さんもお二人目ということもありますが、
          3時間ほどだったそうです。
          妊娠中も定期的に治療を受けていた従妹の奥さんも
          先日出産したのですが、数十分でした(笑)

           

           

           

          巷の多くの院では俗に「痛いとこバリ」と呼ばれる

          西洋医学的な刺激理論による鍼治療が行われていますが、

          東洋医学的な鍼治療を学んできて良かったなと思います。

          症状別に治療するのではなく、

          その方の病態・体質・体力・体調に合わせて治療できるからこそ、

          基本的にどのような方も受け入れられるし、

          避けられがちな妊娠中、特に妊娠初期の施術も 

          安全に対応することが出来るのですから。

           

           

          妊娠前(不妊症・不育症、月経困難症など)
          妊娠中(つわり、むくみ、妊娠中毒症、逆子など)
          妊娠後(乳汁不足、乳腺炎、恥骨痛・腰痛・股関節痛、うつ)
          など、婦人科疾患や妊娠中・妊娠後の治療・体調管理で
          通われる方も少なくありません。

           

          何か気になることがある方、
          もっと健康的に妊娠期を過ごしたい方、
          安産のために出来ることをしたい方など
          お気軽にご相談くださいね。

           

          もちろん、力が及ばないこともあるけれど
          精一杯お手伝いさせて頂きます。

           

           

          それにして乳児からご高齢者、そして妊婦さんまで。
          沢山の方に喜んで頂ける、いくばくかのお役に立つことができる。
          改めて良い為事だなぁ。

           

           

          根本治療専門
          鍼灸治療院きさらぎ

           

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          #加古川市 #鍼灸院 #逆子 #婦人科疾患

           

          | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 14:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
          なつぞら
          0

            4月1日から始まったNHKの朝ドラ「なつぞら」、見てますか?

            昨日第四話の台詞が素晴らしく、印象的だったのでおすそ分けです。

             

             

            主人公は空襲で母を、戦地で父を亡くした戦災孤児の9歳の女の子。

            兄弟と別れ、父の戦友に引き取られ

            ひとり東京から北海道へ。

            見知らぬ土地で見知らぬ家族との暮らしが始まる。

             

            そっけない家族に受け入れてもらおうと

            必死で働き、笑顔を絶やさない主人公「なつ」

            そんななつに草刈正雄演じる一家の長、

            北海道開拓者で酪農を営む厳しく頑固そうな老人が

            静かに語りかける。

             

             

            『ちゃんと働けば必ず報われる時が日が来る。

             報われなければ働き方が悪いか

             働かせてる者が悪いんじゃ。

             そんなとこはとっとと逃げ出しゃあいいんじゃ。

             

             だが一番良くないのは

             人がなんとかしてくれると思って生きることじゃ。

             

             人は人をあてにするもんを助けたりはせん。

             逆に自分の力を信じて働いていれば

             きっと誰かが助けてくれる。

             

             お前はここ数日、本当によく働いた。

             そのアイスクリームはお前の力で得たものだ。

             お前なら大丈夫だ。

             

             だからもう、無理に笑うこともない。 

             謝ることもない。

             堂々としていれば良い。 

             堂々とここで生きろ 』

                       NHK朝ドラ「なつぞら」より

             

             

             

            人の顔色を窺いながら、人からの評価を気にしながら

            偽りの自分を演じたり、卑屈になって自ら苦しんでいませんか?

             

            或いは誰かがなんとかしてくれると依存的になって

            自分を生きることを、主体的に生きることを放棄していませんか?

             

             

            卑屈さ

            偽りの自分

            依存心

             

            共通しているのは自分の可能性を閉ざす自己不信感です。

             

             

            うつやパニック障害、神経症など精神疾患の背景には

            さらには回復の遅い慢性疾患の背景には

            そんな思考習慣、情緒的偏重があることが少なくありません。

             

            「自分には無理」「自分なんて」

            心当たりはありませんか?

             

            自分を信頼しないで、どうして自分の可能性が開けましょう。

            自分を信頼しないで

            どうして自分の潜在力を輝かせることが出来るでしょう。

             

            言い訳せずに自分としっかり向き合うほど

            自分の在り方、人生にしっかり責任を持つほど

            健康への道は開かれます。

             

             

            『健体康心』

            心と身体 

            ともに健やかでこそ初めて健康なのです。

            あなたは今、健康ですか?

             

            加古川市 根本治療専門 鍼灸治療院きさらぎ

            TEL 079−421−9353

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            https://sinq-kisaragi.net/

             

             

            | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 08:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
            トップアスリートに学ぶ自分の可能性の高め方とは?
            0

              アジア大会2018inジャカルタ

              あなたはご覧になりましたか?
               

              主に水泳と陸上ですが、私はとても楽しみに見ていました。
              世界陸上、世界水泳、オリンピックなど
              沢山のトップアスリートの美しい動き、素晴らしいパフォーマンスを
              たっぷりと見ることが出来るのは楽しいものです。
               
              その気さえあれば、色んな気づきや学びが得ることも出来ます。
              特に患者さんにも見てもらいたいなと思うのは
              彼らの精神的姿勢です。
               
              それは何故だと思いますか?

               
              〇成長すること、自分の現在の限界を超えてゆくこと、
              より良く変化することへの積極性
              〇結果を真摯に受け止め、言い訳せず、次の成長への課題を
              見つけようとする主体的姿勢
              〇コーチやトレーナー、選手仲間その他、
              周囲の人達への感謝を忘れない謙虚な姿勢
              優れた選手ほどこれらの姿勢が身についています。
              だからこそ、人一倍の努力を継続でき、
              挫折を乗り越えることが出来、
              成長し続けていくことが出来るのでしょう。

              成長することへの貪欲さ
              そのための努力・研鑽を厭わない積極性
              言い訳をしない主体性
              そして今ある恵を歓び、感謝できる素直で謙虚な心
              これらは自分の可能性を最大限に活かす要点ではないでしょうか。


              翻って患者さん達に当て嵌めてみると
              これらの精神的姿勢を身につけている人、
              或いはそうあろうと心がけている人は
              残念ながら思いのほか少ないのが現実です。
               
              先天性・遺伝性の病や感染症など一部の例外を除いて
              殆どの病や不調の原因は本人の日常生活、日々の習慣の中にあります。
              故に根本的な治癒を目指し健康を望むなら
              今ある良くない習慣を改め、より良い習慣を積み重ねてゆくことは
              健康を取り戻すための必須不可欠な要素です。

               
              姿勢、立ち方・座り方・歩き方など体の使い方を変えてゆく。
              恣に食べずに体の欲するものを欲する分だけ食べ、必要以上に食べない。
              愚痴、不平不満を言わず、言い訳や被害者的発言・口癖を止める。
              など、その気さえあれば誰でも日常的に誰でも取り組めるものです。

              意志一つだけで。ほんの少しの心がけだけで。
               

              しかもそれは日常的に取り組めることですから
              トップアスリートの厳しいトレーニングなどとは
              比較にならないほど容易いことですよね。

              日常をトレーニングにしてゆくわけですから、
              心身の変化は必ず現れます。
               
              もちろん始めから上手に取り組める筈はありませんから、
              間違った取り組みの結果も体に現れてきます。
              それは次の受診時に「取り組み方の間違い」を検証し、
              その都度修正してゆけば良いのです。
               
              取り組みながら、自分と向き合い、
              試行錯誤する過程で人は成長できるものです。
              言い訳を並べて端から取り組まない方は
              そのチャンスさえみすみす放棄していると言えます。
               
              ですから、治療中に指摘されたこと、気づいたことを
              すぐに日常に活かそうと努力する方、
              伝えられた養生法や必要なエクササイズなどを素直に実践する方は
              そうでない方と比べて格段に速く、
              自分の望む未来を切り開いてゆくことが出来ます。
               
              逆に
              「私には無理」「私なんて」「これが私だから」「今までこうやってきたから」
              などと言い訳探しが得意な方や実践しない自分を正当化する方、
              「誰かがなんとかしてくれる」「治療さえ受けていれば」
              などと依存性が高く、自分の言動への主体性や責任感のない方、
              愚痴や不平不満が多く、被害者意識が強く、
              今ある恵に感謝できない傲慢な思考習慣のある方などは、
              もちろん同じ治療を受けていても経過は芳しくありません。

              これらの精神的姿勢は、成長すること、より良く変化することを拒み
              「今までの自分のやり方(習慣)」を守ることに
              エネルギーを注いでいるからです。
               
              自分の可能性をわざわざ閉ざしているのですから
              未来が明るくなる筈はない、と思いませんか?
               
              「どこに行っても良くならない」とドクターショッピングを繰り返す
              治療院ジプシーになってしまっている方は、
              どこに行っても良くならないような言動、習慣を繰り返しいるのです。
              そうして大切な時間を無駄にし続けてゆくことになります。


              人生は時間で出来ています。
              時間を無駄にすることは人生を無駄にすることです。
              もったいないと思いませんか?


              健康になろうとすることは、
              不健康なこれまでの自分の在り方を捨ててゆくということです。
              昨日までの自分のやり方に囚われずに
              新しい自分になるということです。

              不健康な在り方を捨てずに健康になることは出来ません。
              今までの自分のままで新しい自分になることは出来ないのです。


              当院は根本治療専門院です。
              治療と養生を通じてあなたがあなた自身と向き合い
              身も心も健やかになって頂くための機会を提供しています。

              本気で健康になりたい方、健康になってやりたい夢や志のある方、
              当院が全力でサポートさせて頂きます。
              お気軽にご相談下さいね。


              TEL 079-421-9353
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              #加古川市 #鍼灸院 #アスリート #根本治療 #コンディショニング #自分と向き合う

              | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 13:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
              努力の方向性、合ってますか?
              1

              例えば兵庫から東京へ向かいたいのに

              福岡行きの電車に乗る人はいない。

               

              例えばパスタを作りたいのに

              ちらし寿司の食材を用意する人はいない。

               

              望む結果を得たいなら、

              それに相応しい適切な方法を選択することが必要だ。

              当然の道理。

               

              けれども健康になりたいのに

              それに相応しい適切な方法を選ばない人は実に多い。

               

               

              どんな努力をしてみても

              その努力の方向性が得たい結果へと向いていないなら

              その努力は時間の無駄だ。

              というより、その不適切な努力が生む望まざる結果を

              その身に引き受けなくてはならない。

              なんとなれば、自分の言動の結果の責任を負うのは

              もちろん自分なのだから。

               

               

              今、心身に関して何らかの不調を感じているなら、

              今、何かの病を得て苦しんでいるのだとしたら、

              先天性・遺伝性の病や不可避な外傷など一部の例外を除いて

              その原因は間違いなく自分の生活習慣の中にある。

               

              症状とは積み重なった悪習慣の結果、

              耐え切れなくなった心身から自分への警報だ。

               

              その警報を無視して、その警報音だけを消してくれ、

              症状だけを消してくれたらそれで良い。

              と考える方は、哀しいかな、少なくない。

               

               

              意識が症状だけに向いているため、

              原因となる自分の習慣上の問題点と向き合うことが出来ない。

              意識が症状だけに向いているため、

              治療によって起こる様々な心身の変化に気づくことが出来ない。

              意識が症状だけに向いているために、

              症状の改善には気づけず、気づいても喜べず、

              残った症状にばかり目がゆき、

              「私は辛い」「私は可哀想」という被害者意識を

              せっせせっせと育ててしまう。

               

              被害者意識が強いので、

              「誰かがなんとかしてくれる」から抜け出せず、

              自分にとって耳が痛い事、向き合うべきことから

              目を逸らしてしまう。

               

               

               

              養生(生活習慣の改善)という自己治療を抜きに、

              治療だけで根本的に問題を解決できるはずもない。

              これもまた道理。

              道理を無視して横車を押すことを無理と言う。

               

              「今までの自分のままで、今までのやり方を改めずに  

               望む良い結果だけ欲しい」

               

              あなたにも心当たりはないだろうか。

               

               

              さて最近、ご来院された不妊状態に悩む女性。

              病院での検査の結果、数値的には特に問題がないという。

              男性の側にも問題がなく、条件的にも理由が分からないという。

               

              数値的に問題がなくても条件的に問題がなくても

              全く健康という人はいない。

               

              たとえ西洋医学的に「異常なし」と言われるような状態でも

              その時々における最上の状態へ心身を整えてゆける手立てがあるのが

              東洋医学の強みだ。

               

               

              彼女の場合、冷えの症状がとても強かった。

              その直接的原因に関する説明は省くが

              足部(足首から下)が非常に冷たく、

              手を触れずにかざしているだけで冷気が伝わり、

              触れるとこちらの手の体温が奪われていくほどだった。

               

              鍼灸治療を施した後、足部の血行が良くなり、

              次の来院時には「数日間足がポカポカしていた」という。

              初診時にお伝えした姿勢や歩き方の問題もすぐに実行されていたので、

              簡単なエクササイズをお伝えした。

               

              何度目かには冷えを感じることはなくなり、

              現在では手足ともに程よく温かい。

              もちろん治療の効果もあるが、

              これは彼女が伝えられたことを素直に実践されたからだ。

               

               

              どれだけ医療指導を受け、養生の大切さを伝えられても

              多くの方が実践しないその中で、彼女が素直に実践できたのは

              彼女本来の性質もさることながら、

              彼女が何のために健康になりたいのか、目的意識を持って、

              主体的な問題意識を持って治療に臨んでいるからだ。

               

               

              食習慣、姿勢・運動習慣、そして精神習慣。

              その気にさえなれば改善できることは誰にでも山ほどある。

              目的がはっきりし、目標が高いほど、

              主体的に養生に励むほど気づきも増えるから 

              より高い基準で取り組めることも見えてくる。

              次第に治療に対する身体の反応が速くなり、

              心身の変化に対する感受性も高まり、

              それに伴い治療効果もより高まり、治りが速くなってゆく。

               

               

              「誰かがなんとかしてくれる」と思っていいる多くの方は 

              養生に励まず、医療指導を守らず、不養生を繰り返すことに

              すなわち「変化しないこと」「成長しないこと」「治さないこと」に

              エネルギーを注いでいるのだから

              もちろんその分治りは遅くなる。

               

               

               

              働きかければ必ず心身は応えてくれる。

              良く働きかければ良く

              悪しく働きかければまたそれに相応しく。

              これもまた当然の道理。

               

               

              あなたは道理を尊びますか?

              それとも無理を尊びますか?

               

              当院は本気のあなたを全力でサポート致します。

               

               

               

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              #加古川 #鍼灸 #養生 #不妊 #適切な努力
              #問題意識 #被害者意識 #努力の方向性 #養生
              | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
              アンテナと世界
              1

              短歌や俳句、川柳を始めると

              季節の移り変わりや日常のちょっとした変化に

              気づけるようになるとよく聞きます。

               

              句をひねるに当たって何かネタはないかと

              アンテナを張るようになって感覚が繊細になり、

              今まで見過ごしていたものに気づけたり、

              聞こえていなかったものが聞こえるようになる。

               

              何に焦点を当てるか、

              そのアンテナの張り方ひとつで

              世界は変わるということですね。

               

               

              さて、症状とは必要があって出てきているものなので

              一時しのぎの痛み取り、対症療法は

              当院では基本的にしないのですが

              患者さんご自身が施術前後の体の変化を知る一つの指標として

              圧痛点(押さえて痛む場所)を触診することがあります。

               

              先日はこんなことがありました。

               

              治療前に軽く触れただけで

              患者さんが「痛い!」と顔をしかめるような部位がありました。

              皮膚の表面から硬く突っ張って過緊張しており、

              弾力がなく過敏になっていました。

              関係する関節の可動制限もありました。

               

               

              治療後(直接的施術はなし)、

              再度触診すると件の部位の緊張はほぼ消え、

              適度な皮膚・筋肉の弾力があり、

              関節の可動制限も改善していました。

              が、患者さんの反応は「痛い!」

              先程と同じように顔をしかめています。

               

              ん?

               

              「今どんな感じですか?」

              「まだ痛いです」

              「では、はじめの痛みを10としたら、今どれくらいの痛みですか?」

              「・・・2くらいですね・・・あれ?(笑)」

              「まだ2痛いということは言い換えると?」

              「もう8割がた痛くないということですね(笑)」

               

              痛みの度合いが8割方なくなり、10から2になっても

              「痛い!」としか反応できなかったのは

              痛みの変化ではなく、「痛いかどうか」にアンテナを張っていたから。

              0か100かに焦点を置いていたので、たとえ痛みが2に変化していても

              彼女の中では「100%」痛かったのですね。

              そのせいで8割の変化に気づけなかったのです。

               

              カメラのピントを一点に合わせクローズアップすると

              その周囲がぼやけて見えなくなるのと同じことです。

               

               

              またこんなこともありました。

              最近めまいを主訴に来院された男性。

              何度目かの来院時、「今週は調子が悪かったです」

               

              「どんな風に調子が悪かったんですか?」

              「火曜日にひどいめまいがありました。」

              「ほかの日はどうでしたか?」

              「ほかの日はあまり・・・気にならなかったです」

              「では、めまいの頻度や強さは大分減っているんですね?」

              「そうですね」

              「強いめまいがあったのは1日だけですね?」

              「はい」

              「○○さんの中では1日調子が良くない日があると

               その週全体が調子が良くない週ということになるんですか?」

              「・・・・そっか、おかしいですね(苦笑)」

               

              起こっている現象をどう捉え認識するかで

              自分の見る世界は変わってきます。

               

              自分にとって嫌なこと、都合の悪いことばかりにとらわれるあまり

              身に起こっている良い変化に気づけない。

              これってとてももったいないことだと思いませんか?

               

              多くの病や不調の原因は日常生活にありますが、

              その中でも最も根深い問題がこの精神習慣、思考習慣の問題です。

              そしてそれだけにその重大さに気づき、

              本当の意味で腹から理解できてくると

              同じ治療を受けても予後は大きく変わってくるのです。

               

               

              今回のことで件のお二人は

              「自分で自分を苦しめている」その現状に気づき、

              そしてそれを笑うことが出来ました。

              これはとても大切なことです。

               

              ストレスや不幸をかき集めるこのような物事の捉え方は

              性格ではなくあくまで精神的な習慣、

              感じ方・考え方の癖でしかありません。

              習慣ですから意志一つで変えてゆくことが出来ます。

               

               

              治療を通して、養生を通してしっかりと自分と向き合ってゆくと

              あなたもきっと新しい扉が開けます。

              一歩前へ進んでみませんか?

               

               

               

              『世界がどんな風に観えようと

               それは自分の在り方への応答だ

               

               何も観えていない私

               愚かさを深めよう

               

               闇と向き合う者にだけ

               光はすでに届いている    』

               

               

               

              TEL 079ー421ー9353

              加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ 

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              #加古川市 #鍼灸院 #根本治療  #予防 #コンディショニング

               

              | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 14:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
              『健康に良いって聞いたから』の危険性
              1

              『健康に良いって聞いたから』

               

               

              それで何かを行って

              それで何かを身に着けて

              それで何かを口にして

               

              その時、あなたのお身体はどう反応しましたか?

               

               

               

              巷で噂の健康法、ダイエット法、ダイエットグッズ、

              磁力系の健康器具、チタン製の健康器具、

              「マイナスイオンが発生する」という電気器具、

              五本指靴下、矯正下着、着圧式ストッキング、

              水素水、岩盤浴、サウナ、

              食材、食べ方、サプリメント、薬・・・・。

               

               

              それらに触れて、試して、口にして

              その時、あなたの身体はどんな風に反応しましたか?

              あなたはその身体からの声に耳を傾けましたか?

               

               

              『健康に良いって聞いたから』

               

              頭ばかり喜ばせて満足していると

              あなたの身体は鈍ってゆきます。

              身体の変化・反応を捉えるあなたの能力は鈍ってしまうのです。

               

              それはとても怖いことだと思いませんか?

               

               

               

              頭ばかり優先させることは

              身体を蔑ろにすることにつながります。

               

              良かれと思ってやっていることで

              自分の身体を痛めつける・弱らせることにつながってしまう。

              それは珍しいことではないのです。

               

               

              自分が何気なくやっていること、良かれと思ってやっていることが

              自分の身体の機能・能力を下げてしまうなんて、

              それはとてももったいないことだと思いませんか?

               

               

              今日のあなたの健康状態は

              昨日までのあなたが積み上げてきた結果。

              今日のあなたの不調の原因は、多くの場合あなたにあります。

              あなたの習慣の中にあります。

               

               

              「何もしないですぐに効果が上がる。」

              「何もしないですぐに健康を取り戻せる。」

               

              耳当たりの良い情報に振り回されるのは、

              もうやめにしましょう。

               

               

              無責任な他人の声よりも

              まずあなたの大切な身体からの声に

              耳を傾けてみませんか?

               

               

               

               

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              | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
              こけたら立ちなはれ
              0

                『自分の価値を下げるな』

                 

                小学4年生の時の担任の先生に

                イタズラややんちゃをする度、そう諭されたことを思い出す。

                 

                そう、いつだって自分の価値を下げるのは

                自分自身なんですよね。

                 

                 

                臨床の中で皆さんを見ていて思うのは、

                どうしてこんなに自分を卑下し否定する思考癖を持った方が

                多いのかということ。

                 

                 

                 

                やってもみないで言う『出来ない』

                やらないことを正当化する『難しい』

                自分で感じていることさえ疑い認めないで言う『分からない』

                意味もなく口癖のようにいう『済みません』

                 

                そうやって自分の可能性を見限って

                『出来ない私』

                『分からない私』

                『やらない私』

                『ダメな私』

                『自信の無い私』

                をせっせせっせと強化してゆく。

                 

                 

                『私はこういう人間だから』

                『私はこういう性格だから』

                『ずっと私はこうやってきたから』

                 

                 

                『昨日までの自分』、

                『昨日までの自分』という記憶でこさえた『思い込みの中の自分』を

                これこそが自分だと強く信じている。

                そしてその自分を守るために強いエネルギーを使ってしまう。

                 

                 

                けれど、考えてみて欲しい。

                『昨日までの自分』など今この瞬間、どこにも居はしないのだ。

                今いるのは今この瞬間の自分だけだ。

                『昨日までの自分』を自分だと思い込んで

                変化すること、成長することを放棄した今の自分がいるだけだ。

                 

                そういう人たちは、失敗してはいけないと思っている。

                失敗することは自分の価値を下げることだと思っている。

                失敗することをすぐに自己評価に結びつけてしまうのだ。

                 

                だから、顕在意識では、口では「変わりたい」「良くなりたい」と言っても

                そのために必要な行動をすることを拒否してしまう。

                 

                新しい考え、新しい方法を受け入れることは

                昨日までの自分を、つまりは自分を否定することだと

                認識してしまうからだ。

                 

                 

                そんなバカげたことがあるものか。

                 

                 

                あなたがどの道を行こうと、

                あなたがどんな方法を取ろうと

                どんな考え方をしようと

                あなた自身の価値は変わらない。

                あなたはあなたである、ただそれだけであなたは尊い存在なのだ。

                 

                あなた自身を苦しめているのは、あなたの選択した考え方だ。

                あなたの健康を壊しているのは、あなたの習慣、あなたのやり方だ。

                 

                自分を苦しめる考え方、自分の可能性を狭める信念、

                健康を害する習慣を否定し、

                より良い考え方やあり方を選択し取り入れてゆくということは、

                成長してゆくというということであり、

                自分を否定することでは決してない。

                否定しているのはあくまで良ろしくない方法なのだ。

                 

                 

                 

                当院の治療方針は、

                根本治療を通してあなたにあなた自身と向き合う機会を提供し、

                あなたが健康を取り戻すだけでなく、

                あなたが自己信頼感を取り戻し、自己の可能性に目覚め、

                新しい人生を明るく切り開いてゆくこと。

                あなたがあなたの人生をより輝させて下さる手助けをすること。

                 

                故にあなたが当院を選んで縁を得た以上、

                あなたが変わるために、あなたが健康を取り戻すために、

                あなたがあなたの人生を取り戻すために必要なことは

                たとえ耳が痛いことでも伝え続けていく責任がある。

                 

                北へ向かいたいのに東の進路を取ろうとする人を

                放ってはおけないではないか。

                 

                そしてそれはあなたの可能性を信頼しているからだ。

                誰もが等しく持つ成長の可能性を信頼しているからだ。

                 

                 

                「新しいやり方、新しい考え方を採用したら

                 今までの自分を否定することになる。

                 私が私じゃなくなってしまう」

                 

                 

                自分の可能性を狭め、自分の価値を貶めているのは

                他でもないあなた自身ではないか。

                 

                 

                 

                どうか自分の価値を下げないで欲しい。

                自分の価値を見限らないで欲しい。

                あなたがあなたの人生をどう舵取りしようと

                それはあなたの自由であり、あなたの権利なのだから。

                 

                 

                どんどん新しいことに挑戦し、そして失敗して欲しい。

                為すべきことを実践し、やめるべきことを止め、

                上手くいかない、思うようにできない事実にムチ打たれて

                そしてそこから学び、修正し、また学んでゆく。

                その繰り返しが力になっていくのだから。

                その繰り返しの中でしか人は成長できないのだから。

                 

                 

                転んだらまた立てば良いだけだ。

                 

                 

                こけたら立ちなはれ大西良慶)

                 

                 

                 

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                | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 01:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
                はっきりしてて気持ちが良い
                0

                  古い患者さんの紹介で、最近来院された患者さんのお話し。

                   

                  主訴は4・5年前、左足首骨折で半年以上固定され、

                  その頃からある左股関節の違和感、時にある夜間の疼痛。

                  骨折が治ってからも左足首の捻挫を繰り返している。

                   

                  さらに10年ほど前から膝にヒアルロン注射を

                  月1のペースで打ち続けているらしい。

                  また以前躁鬱と診断され、現在も安定剤を服用中である。

                   

                  そんな状態だが、山登りが好きでしょっちゅう登っていると言う。

                   

                   

                  診察してみると骨盤や股関節のアライメント(構造的整合性)は

                  当然狂っているし、完全骨折はもちろん治っているとはいえ、

                  微小骨折が多数あり、特に左下肢は十数か所確認できた。

                   

                  脆くなっている骨を守るために、筋肉が硬くなり、

                  左股関節や左足首の可動性を制限している。

                  左右の関節の可動域が著しく違うので、

                  その歪は全身に及んでいる。

                   

                  そんな状態でありながら、登山という、

                  より関節に負荷のかかる運動をし続けているのであるから、

                  身体が悲鳴をあげるのは当然のことだ。

                  症状とは警報であり、症状自体はやはりいつだって正常なのだ。

                   

                  鍼を打って、関節可動域の改善、弱化した筋力の向上などを確認し、

                  治療を終える。

                   

                   

                  3回目の治療。

                  前回整えた部分の戻りが予想外に大きい。

                  本人に質してみると「山へ登ってきた」と言う。

                   

                  どうしても今日、明日試合に出場しなくてはならない

                  スポーツ選手ではないのだ。

                  治癒を早めるために、治療中は治癒を妨げるようなことはやめる、

                  身体を労わる、ということを本人が積極的に取り組まなくては

                  治るものも治らない。

                   

                  そう伝えたら

                  「私は止めるつもりはない。

                   止めないで治してもらおう思ってここに来ました」と言う。

                   

                  「それは無理ですよ。本人に治す気がないなら治りません。

                   たとえば西にある目的地に辿りつきたいのに

                   東向きの道を行くのを止めなかったら

                   目的地には着けないないでしょ?

                   それと同じですよ。」

                   

                  「あはは、そりゃそうですよね。逆方向ですもんね。

                   良くなる筈ないですよね(笑)」

                   

                  「身体がある程度回復するまで、

                   少し登山は休んで、普段の歩き方を整えることから

                   始めてみませんか?」

                   

                  「あはは、先生、わたし無理です。

                   わたし養生できません。

                   山登るの止められません。

                   こりゃ治療の無駄ですね(笑)」

                   

                  「そうなってしまいますね」

                   

                  「じゃあ、もう良いです(笑)」

                   

                   

                  身体を治すことより、登山の楽しみの方がこの方には大切だったのだ。

                  身体をきちんと治せば、もっと登山が楽しくなるだろうにと思うのだが、

                  本人がそれで良いなら良いのだ。

                   

                  自分の行動や習慣の結果を潔く受け止める覚悟があるなら、

                  その上でどんな道を選ぼうと、どんな決断をしようと

                  本人の自由なのだから。

                   

                   

                  それにしても決断が早かったなぁ。

                  「じゃあ、もう良いです(笑)」

                   

                   

                  はっきりしてて、気持ちがいい。

                   

                   

                   

                   

                  加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ http://sinq-kisaragi.net/
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                  | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 02:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  治りたくない患者
                  0

                    「薬を断てない患者」という以前の記事内で

                    「治りたくない患者」についてチラと触れたところ、

                    もっと詳しく知りたい、との声があったので少し詳しく書いてみたい。

                     

                    『問わず語りとちゃうやんけ!』というツッコミは

                    この際放っといて。

                     

                     

                    「治りたくない患者」

                    これはこのブログでも度々登場する「治す気のない患者」とは違う。

                    後者は他人に治して貰いたい気持ちは満々だが、

                    自ら積極的に養生に励んだり、医療指導を守り、

                    セルフケアに取り組むのは嫌な患者のことだ。

                    嫌な理由は至極簡単、

                    「面倒なことやしんどいことは嫌」なだけのことである。

                    要は楽して元気になりたいということだ。

                     

                     

                    「治りたくない患者」は違う。

                    彼ら彼女ら(以後彼ら)の中にも「治す気のない」要素はあるが、

                    彼らは本質的に治りたくないのだ。

                     

                    そんな馬鹿なことがあるか、と思うかも知れない。

                     

                    もちろん、当人は本気で治りたいと思っている。

                    元気になりたいと願っている。

                    でなければ、治療を受けようとは思わないだろう。

                    しかし、その心の一方では治りたくないのである。

                     

                    つまり顕在意識では症状が辛いからそこから逃れたい、

                    解放されたいと思っているが、

                    潜在意識下では、深層心理としては治りたくない、ということだ。

                     

                    出来うることなら目を逸らしておきたい何かしらの問題に

                    元気になってしまったら、向き合わなくてはならない。

                    病で居られたら、それに直面しなくても済む、避けていられるのだ。

                     

                    人間関係の問題、アイデンティティの問題、過去のトラウマ、

                    他人に見せている虚勢や演技上の虚偽の自分に嫌気がさしているのに

                    本来の自分を曝け出すのは恐い、などの自己不信・・・・。

                    問題は様々だろう。

                    いづれにせよ、きちんと向き合うのは

                    恐い・辛い・しんどいことは分かっている。

                    病の身で居られるなら、ずっとそこから逃げ続けていられる。

                     

                    顕在意識では病身で人に助けられることや

                    人に迷惑をかけるのは嫌だとストレスを感じていても、

                    無意識下では向き合うべき現実から逃げていられる、

                    許してもらえる、優しくしてもらえるその環境を失いたくないのだ。

                    失うことが恐いのである。

                    或いはただただ愛情に飢えている、

                    他者の愛情を試している、ということもあるかもしれない。

                    治りたい表の心とは裏腹に治りたくないもう一人の私がいるのである。

                     

                    情緒的に不安定になる方も少なくなく、

                    時には職場や家庭等で、

                    「誰々から意地悪されている」

                    「陰口を言われている」

                    など幻聴に近い思い込みを持ったり、

                    被害者意識が強くなっていく場合もある。

                    病だけが唯一の逃げ場所なのだ。

                     

                     

                     

                    治療に対する身体の反応や養生への取り組み方にも

                    いくつかの特徴がある。

                     

                    治療院に来る方の殆どは、交感神経優位の緊張状態にあり、

                    眉間のしわ寄せ(力み)や歯の噛みしめ、手指の強張りなど

                    不必要な力みを程度の差こそあれ、癖として持っている場合が多い。

                     

                    眉間に皺を寄せるように力を入れてみよう。

                    丁度、孫悟空の頭に嵌められた緊箍児(きんこじ)のように

                    頭が締まって硬くなるのが分かるだろう。

                    軽く口を開けた状態からぐっと歯を噛みしめてみよう。

                    今度は首と後頭部の境ぐらいから顎の下を巡る、

                    頭の下半分が緊張し、喉が締まってくるのが分かるだろう。

                     

                    眉間の力み、歯の力みは頭部全体を緊張させ、

                    脳の健全な血行を阻害し、呼吸を浅くさせてしまう。

                     

                    また人間は手を器用に使うようになって脳が発達したと

                    言われるように手と脳の関係は深い。

                    手指の強張りも脳の血行不良、硬膜の緊張と深く関わっている。

                     

                    逆に言えば、眉間の力を抜き、歯の噛みしめを緩め、

                    手を優しく柔らかく丁寧に使うことを心がけるだけでも

                    脳の血行不良や硬膜の緊張の改善にはたらき、

                    すばらしい自己治療にすることもできるということだ。

                     

                     

                     

                    当院の鍼灸治療の目的は、骨格系の歪みを整え、

                    内臓の機能的均衡を整え、脳脊髄液循環、脳の血行不良を改善して、

                    その人本来の治癒力を、その時点時点で最善の状態まで導くことにある。

                    治療を受け入れる準備、身体の変化を受け入れる準備が出来ている人は、

                    上記のような症状も治療を重ねることでもちろん自然に改善してゆく。

                     

                    特に頭蓋骨と仙骨の歪みの調整時には、

                    深い部分の緊張が解け、弛緩していた部分は締まって、

                    身体が深い呼吸、深いリラックス状態に入っていくので

                    多くの方はその心地良さにウトウトとし、眠ってしまう方も少なくない。

                    中には涎を垂らしてしまう方もいる。

                    ※(治療後はスッキリと目が開き、頭が冴え軽くなります。)

                     

                    けれど「治りたくない患者」は、

                    頭蓋骨から離れた、手足などにアプローチする遠隔的な治療や

                    補助的な治療の際にはリラックスしていても、

                    いざ上記のような中枢の治療に入ると

                    通常の患者とは明らかに違った反応をする。

                     

                    もちろん、身体自体は鍼という静かな働きかけを受け入れて、

                    それをきっかけに無駄な緊張を解いて、

                    自ら整えよう、回復しようとする反応を見せる。

                    だが、彼らは知らず知らずの内にそれに抗う方向にも力を発してくる。

                     

                    それは硬結や単なる力み癖による筋肉の硬さとは

                    明らかに質の異なる硬さとして術者の手に、身体に伝わってくる。

                    緩んでゆく力とは逆方向に、眉間の力み、歯の力み、

                    首の力みなどを維持しようという緊張が同時に感じられるのだ。

                    まるで心身が根っこから整うことを拒むかのように。

                     

                    だから彼らは、たとえ治療の前日に仕事などのストレスで

                    よく眠れなかったとしても、治療中先ず眠ることはない。

                     

                     

                    養生の取り組み方においても「治す気のない患者」の場合は、

                    どんな養生法であろうと取り組もうとはしないが、

                    「治りたくない患者」の場合は、顕在意識では「治りたい」ので

                    各種エクササイズや自宅施灸など

                    行うのに時間や場所が必要な、かつセルフケアとしては

                    補助的なものには割合積極的に取り組む方が多い。

                     

                    しかし、先ほど紹介したような

                    • 眉間の力を抜く
                    • 歯の噛みしめを止める
                    • 手指の力を抜く、柔らかくやさしく使う

                     

                    或いは呼吸の練習など、

                    時間も場所も限定されず、いつでもどこでもできる、

                    且つ脳の緊張や血流の改善にダイレクトに関わることには

                    積極的には取り組まない。

                    身体を治してしまうかもしれない取り組みを

                    無意識の内に避けてしまうのかも知れない。

                     

                     

                    そのような状態でも治療を重ねてゆけば、

                    内臓機能が整い、骨格が整ってゆくことで、

                    次第に低下していた体力は高まり、疲れにくくなったり、

                    ぐっすり眠れるようになったり、

                    話す気力もなかった人がよく喋るようになったり、

                    伏し目がちだった人が他人の目を見られるようになったり、

                    頭蓋骨の歪みが取れて小顔(正常化)になったり、

                    肌艶が明るく美しくなったり、笑顔が増えたりなど

                    心身の状態は必ず改善してゆく。

                     

                     

                    しかし、例えばうつ病は自殺等のリスクがあるため、

                    治りかけが最も精神的に危うく恐いと言われているように、

                    そこまででないにしても、「治りたくない患者」も

                    そのように体調が良くなってくる時期にはある種の危うさがあり、

                    皆同様の反応をすることが少なくない。

                    突然、治療を途中で止めるのである。

                     

                     

                    いきなりフイと連絡なく止める人もいるし、

                    仕事や金銭面などの理由を挙げて止める人もいるが、

                    中には治療の自分にとって良くない部分、

                    例えば、

                    「打って欲しいところに鍼を打ってくれない」

                    「他の鍼灸院のような響かせる鍼を打ってくれない」

                    「電気鍼をしてくれない」

                    「長時間の治療をしてくれない」など、

                    つまり治療を止めるのに都合の良い理由を

                    今まで喜んで受けていた治療の中に探すようになったりもする。

                     

                    時には「止めるに足る理由」を頭の中で作り上げ、

                    現実の記憶として認識し、信じてしまう人もいる。

                    院としては不本意だが、本人に悪気はないし、

                    どうすることもできない。

                     

                    ここまでくるとスピリチュアルな問題で

                    もはや医療の範疇ではないのかも知れないが

                    悔しくも力不足を痛感せざるを得ない。

                     

                     

                    「治りたくない患者」

                    彼らはきっと、自分の心の奥底に閉じ込めたその何かと

                    しっかり向き合わない限り、これからもいろんな治療を受けては、

                    体調が良くなってきたらまた治療を止める、

                    という堂々巡りを続けるのだろう。

                     

                    引きこもりの期間が長いほど社会復帰が難しくなるように

                    病の内側に逃げ込んでいる期間が長いほど、

                    その堂々巡りから抜け出すことは難しくなる。

                     

                    内側から鍵をかけているのは自分なのだと

                    気づかれる日が早く訪れるよう

                    祈るばかりだ。

                     

                     

                    『三五

                    こころは保ちがたく かるくたちさわぎ
                    意(おもい)のままに従いゆくなり
                    このこころをととのうるは善し
                    かくととのえられし心は たのしみをぞもたらす

                     

                    三六

                    こころはまこと見がたく まこと細微(こまやか)にして
                    思いのままにおもむくなり
                    心あるひとはこのこころを護るべし
                    よくまもられしこころは たのしみをぞもたらす

                     

                    三七

                    こころは遠く去りゆき またひとりうごく
                    密室(むね)にかくれて 形(すがた)なし
                    かかる心を制(ととの)うる人々は
                    誘惑者(まよわし)の縛(きずな)を逃れん』

                             発句経(友松圓諦訳)

                     

                     

                     

                    ※注:現在はコーチングを行っています。

                    ご興味のある方はホームページをご覧の上、

                    お気軽にお問い合わせください。

                                   2017年

                     

                     

                     

                     

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                    | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    薬を断てない患者
                    0

                      『薬剤師は薬を飲まない』など、

                      薬の危険性を訴える書籍や雑誌記事が増えている。

                       

                      実際、薬の多くは根本的な治癒には結びつかず、

                      特に西洋薬の大半は症状を抑え込むことを目的とする

                      対症療法的効果を狙ったものである。

                       

                      中には症状を抑えるには効果的な薬もあるだろうし、

                      今の病態に合う薬もあるだろうが、

                      どんな薬も長く使うほどに内臓に負担をかけ、

                      自己治癒力を低下させてゆくのだから

                      ずっと服用しつづけて良い筈がない。

                       

                      長期の薬の服用は肝臓はじめ臓器への負担となり、

                      また脳への負担ともなる。

                       

                      ことに鎮痛剤や睡眠薬、向精神薬、安定剤の類は

                      精神的にも肉体的にも薬への依存性を高めてしまう。

                       

                       

                      『薬をやめるのが恐いんです』

                      『やめた時の副作用が恐いんです』

                      当院でもそんな患者は少なくない。

                       

                       

                      厳密には断薬後に現れる様々な症状は、

                      副作用というよりは、禁断症状だと言えよう。

                      本来現出するはずだった症状が一気に出てくるのだから、

                      その薬はただ症状を抑え込んでいただけで、何も治していなかった

                      ということの証明でもある。

                       

                       

                      早く止めればもっと早く身体は治癒されていくのにと

                      使っている薬を持ってきていただいて、

                      脳の拒否反応を表す筋肉反射テストなどをして、

                      その薬が身体に合っていないかどうかを確認し、

                      本人にも感じて貰い、止めた方が回復力が高まることを伝えるが

                      医師ではないので法的立場上やめなさいとも言えず、

                      忸怩たる思いになることも少なくない。

                      合わない、害しかないと知った上で、その後どうするかは本人次第だ。

                       

                       

                      もちろん薬によっては急にやめるのは危険な薬もあり、

                      (それ自体がその薬がいかに危険かを物語っているではないか)、

                      慎重に減らしていかなくてはならない場合もある。

                      脳が気づかない程度のペースで減らしてゆくというやり方で

                      断薬に取り組んでゆくわけだが、

                      逆に脳のその薬への飢餓感を煽り、依存性が抜けにくい場合もある。

                      まるで麻薬の一種ではないかとも思えてしまう。

                       

                       

                      そして肉体的依存性もさることながら、

                      より危険なことは薬への精神的依存性だ。

                       

                       

                      『この精神安定剤があると安心なんです。』

                      その薬をやめない限り、その不安定な歪な安心感、

                      言い換えれば薬によって生まれ、あるいは強化された不安感から

                      解放されることはないだろう。

                       

                       

                      たとえば、ブロック注射で鈍らされていた神経が回復していく時には

                      注射を打つ前より、痛みが強くなることはよく知られている。

                      たとえば、長時間の下手な正座で足が痺れた後、

                      血流が回復し、鈍麻していた感覚が戻るにつれ、

                      痛みとも痒みともつかない感覚が訪れる様に、

                      身体が回復してゆく時には、痛みそのほか様々な不快感に

                      襲われることも珍しくないし、本来あるべき様々な症状が

                      顕著に表れることもある。

                       

                      それは肉体としては正常な反応であって、

                      その正常な反応を恐れ憎んでいては薬を断つのは難しい。

                       

                      たとえそれが不快な症状であれ、

                      症状を受け入れ、症状に任せる。

                      すなわち、自己治癒力を信頼する、ということが

                      大変重要だ。

                       

                      薬に依存的になるということは、

                      自己治癒力を信頼しないということであり、

                      本人に信頼されていない身体が根本的に改善する筈もない。

                       

                       

                      また、症状への不安から薬を断てない、

                      薬自体の影響から薬への依存性が抜けない、

                      というのが大半であるが、中には薬を飲み続けることが、

                      周囲への「病人としての自分」の存在証明になってしまっている、

                      病を何かからの逃げ場所にしてしまっている『治りたくない患者』もいる。

                       

                      これはこれで別の問題としてやっかいだ。

                       

                      いづれにせよ、不必要な薬、効いていない薬、

                      無駄な薬を断てないのは何故なのか。

                      今一度自分に問うてみることも必要なのではないだろうか。

                       

                      どんな変化も受け入れる静かな覚悟が生まれ育てば、

                      きっと本質的な何かが変わり始めるだろう。

                       

                       

                      『災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。

                       死ぬ時節には死ぬがよく候。

                       これはこれ災難をのがるる妙法にて候。かしこ』

                                       良寛

                       

                      TEL 0794219353

                      加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net



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                      | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 22:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
                      衝撃
                      0

                        鍼灸治療の内、複合的な内臓の機能失調や
                        脳脊髄液循環の停滞の調整を主に、
                        心身全体の治癒力・回復力の向上を目的に行う治療を本治法という。
                        喩えて言えば、川の浄化作用そのものを高めるような治療法である。

                        また当院では伝統的な東洋医学では軽視されている
                        骨格上、構造上の歪みも重要視している。
                        様々な内科的な問題は、すなわちソフトの問題は
                        必ずハードである骨格、構造の影響を受けるからである。
                        よって当院では、伝統的な東洋医学の枠を超えて、
                        厳密な骨格診断の上で治療に当たっている。
                        例えば氾濫や停滞などを生む川の流れの問題点を修正する
                        いわば護岸工事のようなものである。


                        さて、東洋医学には瘀血(おけつ)という考え方がある。
                        狭義には抹消静脈の鬱血、すなわち血の停滞、
                        或いは停滞した血そのものの事を指し、
                        広義には瘀血が発生し、滞留するような病態を
                        血瘀、瘀血証、或いは肝実と呼んでいる。

                        停滞した血は新鮮さを失い、老廃物が増え、
                        各組織を充分に栄養できなくなるため、
                        様々な疾病の原因となり、治癒を遅らせる要因となるものである。


                        この瘀血の解消に適した治療法として、「刺絡」という鍼治療がある。
                        専用の特殊な鍼を使って瘀血所見を現わしている皮膚の1点を切開し、
                        吸角(吸い玉)と呼ばれる減圧して真空を作りだす器具を使って、
                        或いは吸角が使えない部位では手絞りで瘀血の排泄を促し、
                        もって新たな血を呼び込み早期回復を期待するものである。

                        川で言えば、川底に溜まった汚泥、瓦礫、ヘドロなどを掻きだす、
                        言わば川浚いのようなものだ。
                        効果的な治療法ではあるが汚泥を浚うよりも
                        汚泥の溜まりにくい流れをつくる、
                        浄化作用を高める本治法の方が大切であり、
                        あくまで刺絡は本治法の補助的な治療であると言える。

                        当院では打撲・捻挫、むち打ちなどの外傷や
                        瘀血所見が顕著で病態の固定化が進んでいるような場合などの
                        治療開始初期に1回から数回行うことがあるが、
                        必要ないと判断したら、本人が望んでもすることはない。


                        さて、最近ある患者さんから衝撃的な告白を受けた。
                        アトピー様の皮膚症状に悩まれ、特に顔面の瘀血所見が顕著で
                        女性であることから、治療当初に数回顔面への刺絡を行い、
                        以後は本治法のみを行っている。

                        全体として肌艶が良く明るく柔らかになり、
                        背中の湿疹も腹部の緊張も取れ、むくみもなくなり、
                        少ししか開かなかった口が開くようになり、
                        顎のラインがスッキリとして小顔になり、
                        夜もグッスリ眠れるようになったという。
                        なのに彼女はほぼ毎回のように
                        「血が出る血が出るタラタラ血が出る」とのたまうのだ。

                        こんなに肌の肌理(キメ)が整ってきているのに
                        血が出るなんておかしいなと思っていたが、
                        よく聴いてみると
                        「痒い部分をを自分で引っ掻いたり
                        カサブタを剥がして血を出している」と言う。
                        「血を出したらスッキリするから」と。

                        んなアホな・・・・・。
                        そんなことする人がいるなんて!!!。

                        血が出てたんじゃなく、自分で傷つけて血を出していただけ。
                        怪我したら血は出るでしょそりゃ・・・。


                        そもそも瘀血は正常の血より粘着度が高いので
                        刺絡してもジワ、ドロっと滲みだすように溢れてきて、
                        必要量排出されればじきに止まってしまう。
                        タラタラとは流れません。

                        ハァ〜、溜息が出ます・・・。
                        色んな人がいるもんですね。
                        勉強になりました。


                        けれど今回のことは、
                        治療に依存的になって養生に励まない方が多い中、
                        自分で出来ることは何でもしようと
                        主体的に治療に取り組んだ彼女の姿勢を現わしており、
                        それ自体は素晴らしいことです。

                        ただやり方が間違っていただけで。
                        想像だにできない突拍子もない間違い方で。


                        しかし、間違いを間違いと気づけたなら改めれば良いだけ。
                        今日改めることが出来たなら明日はきっと変わるし、
                        そうすれば間違いも無駄にはならない。

                        間違いを間違いと知って改めない、
                        或いは間違いを間違いと認めない。
                        そんな精神性が治癒への最も深く大きな障害となる。



                        さて、良かれと思ってやっているあなたのそのやり方、
                        間違っていませんか?


                         

                        『精要(まこと)なきものに精要(まこと)ありと思い
                        精要(まこと)あるものを仮(あだ)と見る人は
                        いつわりの思いにさまよい 
                        ついに真実(まこと)に達(いた)りがたし 

                         精要(まこと)あるものを精要(まこと)ありと知り
                        精要(まこと)なきものを仮(あだ)と見る人は
                        正真(すぐ)なる思いにたどりすすみ
                        ついに真実(まこと)に達(いた)るべし 』
                                                     法句経(友松圓諦訳)


                        加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/


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                        | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 00:08 | comments(5) | trackbacks(0) |
                        「患者様」さようなら
                        0


                          いつの頃からだろう。

                          病院でも治療院でも「患者さん」を「患者様」と呼ぶようになり、
                          「医療はサービス業だと認識せよ」という風潮が広まっている。

                          ただでさえ、患者には「治して欲しい」という依存的な性質がある上に、
                          このような風潮が蔓延するに従い、
                          「治して貰って当たり前」
                          「治して貰う権利」
                          「治させてやる権利」のような
                          おかしな「お客様意識」を持った横柄な方が時々現れるようになった。


                          ご冗談でしょう。
                          先天性・遺伝性の病や感染症など一部の例外を除き、
                          あなたの今のお身体の状態は、昨日までのあなたがつくりあげたもの。
                          「治そう」とせずにただ誰かに依存して「治して貰おう」も問題だが、
                          自分で壊したものを「治して貰って当然」と
                          患者であることにふんぞり返って。
                          おかしいと思いません?

                          あ、そうか。
                          おかしいと思わんからそうなってしもとるんやわな。
                          ゴメンナサイ。


                          ホスピタリティだとか何だとか耳あたりの良いだけの言葉を隠れ蓑に
                          ああして欲しい、こうして欲しい、
                          こんな治療をして欲しい、症状さえ消してくれればいい・・・etc.
                          患者の欲望に応えて満足して貰い、
                          舌を出して銭勘定している医療サービス。
                          そういう罠に嵌って心地良い人もいるんでしょうね。

                          でも、そういうのが好きな人に告ぐ!
                          当院ではそういうことはしませんから、期待しないでね。
                          ゴメンナサイ。


                          私はあなたを満足させようともさせたいとも思っておりません。
                          あなたの苦しみに寄り添っても必ずしもあなたの願望には寄り添いません。
                          あなたの お身体の要求 に応えよう、応えたいと思っております。
                          ここ大事!試験に出るかも!



                          「当院ではあなた様の希望に合わせた
                          オーダーメイドの治療を提供致します」

                          そんな売り文句の治療院、整体院がたくさんあるが、
                          あなたの希望、あなたの願望に応えることが
                          あなたの心身にとって良くない時はどないすんねん!!!
                          (実際そういうケースの方が多い)


                          ★症状別・病名別の専門院  
                          病気を診て「あなた」を観ていないということです。

                          ★症状消しの対症療法
                          根本治癒の機会を奪っているということです。

                          ★痛気持ち良い施術 
                          あなたの身体を鈍らせ壊しにかかっているということです。

                          私はそんなことはしたくない!!!


                          当院の治療は基本的に繊細な痛みの少ない心地よい治療。
                          けれど病態に応じて時には痛みを伴う治療をすることもある。
                          あなたを満足させるのが目的ではなく、
                          あなたの心身を整えるのが目的なのだから。


                          その結果高まった治癒力があなたを治してくれる。
                          治療が治すわけじゃない。私が治すわけじゃない。だって治せないもの。
                          薬師如来じゃあるまいし。

                          あなた自身の力があなたを治すのです。
                          治療はその環境を整えるだけ。

                          そして症状を通し、治療を通して自分と向き合い、
                          心身の不調を招いた昨日までの在り方から卒業すべく、
                          日々の暮らしを大切にすること。

                          あなたこそが主役。

                          これが本当の意味での「患者中心の治療」ではなかろうか。
                          「患者様の欲望中心の治療」ではなくてね。



                          当院はあなたの主体性とあなたの治癒力を信頼しています。
                          さて、あなたはあなたを信頼していますか?




                          『一大事とは今日只今のことなり
                                    正受禅師


                          加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/


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                          | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
                          狂気と道理と快・不快
                          0

                            『症状だけ取ってくれれば良い。』

                            そんな風に考える人が少なからずいる。
                            自分の現状もそこに至らせた昨日までの在り様の問題点も知りたくない。
                            ただ症状だけを消してくれれば良いと。

                            しかしこれは同じ道を通ってまったく違う目的地へ辿り着きたい、
                            というのと同じで土台無理な話だ。

                            先天性の病など一部の例外を除き、
                            多くの病の原因は本人の生活習慣の中にある。
                            食習慣、姿勢・運動習慣、精神習慣の三つだ。

                            原因を改めずに、結果だけをどうして変えられようか。
                            対症療法で一時的に症状を消したとしても、
                            原因が改善されなければ、いづれ再発したり、
                            別の形で発症するのは当然の道理。

                            道理を引っ込めて無理を通そうという意識自体が
                            ひとつの病と言えるかもしれない。



                            「健康オタクは早死にする」と言われて久しいが、
                            様々な健康情報に振り回されている頭でっかちな人は、
                            自分の体への信頼感に乏しい。
                            信頼感が乏しいから情報に右往左往するばかりで、
                            自分が本当に取り組むべきこと、取り組めることに気づくことができない。

                            例えば「これは身体に良い」という食材を食べて満足する。
                            本当に体がそれを求めているのかには興味がない。
                            食べて体がどう反応するのかにも無頓着。
                            「これは身体に良いのだ」と頭を満足させているだけなのだ。

                            そんなことを続けていると
                            体から発せられる快・不快の声が聞こえなくなってしまう。

                            本能は避けたいもの、危険なものに触れると必ず反応する。
                            例えば、すべてが適切というわけではないが
                            古くから伝わる喰い合わせの智慧は、そういう反応、本能の呼びかけに
                            古人が素直に耳を傾けてきた証拠だろう。

                            例えば立って国産の干しシイタケと中国産の干しシイタケに触れてみよう。
                            国産では何も起こらない。
                            中国産では触れた途端に体が揺れ出す。
                            体が重く、喉が詰まり息がしづらくなる。
                            瞼が重く、視界が暗くなる。
                            農薬に反応しているのだ。


                            この立ち方は快か不快か。
                            この座り方は快か不快か。
                            スマートフォンは快か不快か。
                            磁気ネックレスは快か不快か。
                            5本指靴下は快か不快か。


                            身体からの声に耳を傾けよう。
                            自分の身体を信頼しよう。

                            自分を信頼しなければ、生活習慣の改善に取り組める筈もない。
                            医療に依存的にならざるを得なくなる。
                            けれど、治すのは自分の治癒力そのものであって、
                            医療はどこまでもその手助けなのだ。

                            杖に寄りかかっていては歩くことはできない。
                            杖の支えを借りながらも、自分の力で歩こうとしなければ。



                            『狂気。それは同じことを繰り返し行いながら、違う結果を期待すること』
                                          アルベルト・アインシュタイン(真偽不問)


                            加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/


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                            | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
                            自分の感受性くらい
                            0

                              普段車で通りすぎる道を自転車で走ると
                              こんな場所にこんな店があったのかと気づくことがある。
                              普段自転車で通う道を歩いてみると
                              こんなに多くのものを見落とし見過ごしてきていたのかと
                              愕然とする。

                              そんなことは誰にもあるだろう。


                              集中するということは、基本的に良いことのように認識されやすいが、
                              焦点が絞られれば絞られるほど、
                              その範囲外のものには気づきにくくもなる。

                              そして、見落としたものの中にこそ、
                              本当に観なければならないことが転がっている、
                              ということも少なくない。


                              先日初診で見えた60代と40代の母娘。
                              ともの色々な鍼灸院を巡ってきたという。
                              曰く「効果を感じないし、感じてもすぐ戻ってしまう」

                              先ず母であるMさんの診察から。
                              各種の検査の模様や立っている姿勢、
                              足踏み時の安定感、両手の拳上ぐあい、
                              顔の輪郭、肌艶、目の大きさ・輝きなどを
                              娘のHさんにも観察してもらう。

                              治療後、同様の検査をする。
                              姿勢、安定感、肌の明るさ、顔の締まり、
                              目の大きさ・輝き、両手の拳上具合など
                              すべて明らかに改善。
                              Mさん曰く「よく分かりません」
                              Hさん曰く「全然違う!」

                              傍から見れば明らかに改善していても
                              本人はその変化に気づけないのだ。
                              それだけ自分の体に対する感度が下がってしまっているということだ。
                              実際こういうことは少なくない。

                              色々な治療院をさまよい巡る「治療院ジプシーさん」の
                              身に起こっていることの多くはこれだ。
                              もちろん、適切でない治療・いい加減な施術のため、
                              「効果を感じない」こともあるだろうが、
                              適切な治療を施し、確かな結果を出しても
                              「効果を感じない」ということは珍しくないのだ。

                              これは個々の症状云々よりも深刻な問題だ。
                              症状と言う悲鳴を上げなければならない状況まで
                              心身の調和の乱れを放っておいたのは、
                              その感覚の鈍さ、心身の変化に対する無頓着さなのだから。



                              病や症状というものは原因もないところから、
                              いきなり生まれてくるものではない。
                              必ず原因があってその結果として出てくるものだ。
                              心身の不調和が先なのだ。

                              故に治療の道行もまた
                              不調和を整えることが先であり、
                              症状の改善はその結果として後から訪れる。

                              症状の改善の速さは心身の不調和、その状態の如何により変わる。
                              症状の強弱軽重には関わらない。
                              症状が軽く見えても状態が悪ければ改善にも時間がかかるし、
                              症状が重く見えても状態がそれほど悪くなければ
                              改善は速くなる。

                              症状がいつかの症状と同様だからといって、
                              若い頃と同じような速度で治る、とは限らない。
                              慢性化し固定化された症状の背景には、
                              それだけ深く心身の不調和状態が根を張っているのだから。

                              症状だけに捉われているとそんな当たり前の道理や
                              症状以外の心身の変化、状態の改善にも気づけなくなる。

                              症状だけに捉われるということは、
                              非常に身体的感度を鈍らせ、
                              精神的視野を狭くするのだ。


                              思考癖、価値観、先入観、願望、経験などによって拵えた
                              色つき顕微鏡で見える小さな世界を
                              これが世界のすべてと信じて覗き続けている限り、
                              プレパラートの外の遥かに大きく広がる世界の在り様を、
                              その豊かな変化を知ることはできない。



                              この度Mさんは娘のHさんのおかげで
                              自分の感覚が相当に鈍っているのだということに
                              気づくことができた。
                              これは大切な大切なスタートライン。
                              自分の現状、現在地を知ってこそ、
                              前へ進むことができるのだから。




                              マイク感度を上げて小さな音を拾うように
                              心身の変化に対する感受性を高めよう。
                              心と身体の無駄な力みを打ち捨てて。





                              『ぱさぱさに乾いてゆく心を
                               ひとのせいにはするな
                               みずから水やりを怠っておいて

                               気難しくなってきたのを
                               友人のせいにはするな
                               しなやかさを失ったのはどちらなのか

                               苛立つのを
                               近親のせいにはするな
                               なにもかも下手だったのはわたくし

                              (中略)
                               
                               自分の感受性くらい
                               自分で守れ
                               ばかものよ』
                                        茨木のり子「自分の感受性くらい」より



                              加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/


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                              | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
                              病の根っこにあるもの
                              0

                                『人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ』
                                            ウィリアム・ジェームズ



                                ホームページでも当ブログ内でも再々触れてきたが、
                                先天性の病など一部の例外を除き、
                                多くの病や疾患の原因は本人の生活習慣の中にある。

                                ●姿勢・運動習慣(立ち方・歩き方・座り方など体の使い方)
                                ●食習慣(食べ過ぎ・偏食・食べ方・サプリメント過多など)
                                ●精神習慣(思考癖・信念・先入観・価値観・経験則・トラウマなど)

                                このうち最も大切なものは精神習慣。
                                すなわち心の問題。
                                考え方の癖。
                                情緒的偏重。
                                最も深く病と関わり、それゆえに最も治癒への制限因子となりやすい。


                                しかし、多くの患者さんは病や症状の原因を
                                もっと直接的なところに求めたがる。
                                姿勢や運動習慣、食習慣の問題点を認めても
                                (それさえ認めない人もいるが)
                                精神的問題は認めたくない。
                                なぜなら、自分と向き合いたくないから。
                                もっと安直に納得できる、都合の良い答えが欲しいのだ。

                                鍼や灸という働きかけに
                                内臓・筋骨格・気血水・自律神経・脳脊髄液循環など
                                肉体は必ず反応してくれる。
                                素直な方、変化を受け入れる準備が出来ている方は、
                                同時に精神状態も向上し安定してゆくが、
                                準備が出来ていない人はその思考癖や思い込みによって
                                その変化を止めてしまいやすい。


                                自分と向き合うことはしんどい作業。
                                けれど向き合わなくては始まらない。
                                原因から目を背けてしまう人は、
                                治療にも対症療法的効果ばかり求めがちになる。

                                他に良い薬があるのではないか、良い治療法があるのではないかと
                                情報を掻き集めて外側を向くばかりで、自分と向き合わぬまま
                                色々と治療院をさまよう人もいる。
                                他の病気ではないか、何かもっと重い病気ではないのかと
                                自ら苦しむ人もいる。

                                「長年患ってきた病がそう簡単に良くなる筈がない」と
                                心を硬くして治療を受け入れない、
                                心身を変化させない準備をしてしまっている人もいる。

                                中には良くなりたいと顕在意識では願っていても、
                                潜在的には治りたくないと思っている人もいる。
                                病を逃げ場所にしてしまっている人だ。


                                病は心が作る。
                                自分と向き合わないでいては治る病も治らない。



                                「こころ」の語源は凝る(こごる)という説が有力だそうだ。
                                環境・教育・経験その他、身に起こり、また見聞きする様々な事象、
                                あれやこれやに捉われ凝り固まるもの、ということだ。
                                持って生まれた気質に幾重もの心という捉われが合わさって
                                性格となる。
                                ゆえに性格とは後天的なものであり、変化してゆく性質のものと言える。
                                でなければ、精神的成長の可能性もなく、学びの必要もないではないか。

                                「私はこういう性格だから」というのは自分の認識、思い込みに過ぎない。
                                思い込みが自分を縛っているだけなのだ。
                                自分の可能性を削っているのは誰でもない、自分なのだ。

                                「私はこれでやってきたから」と開き直ってみても何にもならない。
                                その古いやり方が間違っていたから、現在の不調があるのだ。

                                 

                                『過ちて改めざる 是(これ)を過ちと謂(い)う』


                                当院では治療前に数分横になってもらうことにしている。
                                心身を休めるとともに自分の身体の現状を観察し、
                                治療を受け入れる心身の準備をしていただくための時間だ。
                                疑いや恐れ、願望、情報など余計な捉われがないほど
                                自ずと治療効果は高まるからだ。

                                いつもギリギリに来られる人や自分の考えでいっぱいの人は
                                受け入れる用意が出来ていない分、治療効果は制限される。
                                医療指導も助言も、聞く準備が出来ていない耳には届かない。

                                満たされた器に水は灌げない。
                                空っぽなほど新しい水を受け入れられる。
                                空っぽにできるのはご自分しかいない。


                                自分には出来ないと思うなかれ。
                                今出来ないからといって将来も出来ないとどうしていえようか。

                                せっかちな話口調をゆっくりにしてみる。
                                粗暴な言葉づかいをやめる。
                                相手に届く挨拶をする。
                                「すいません」「どうせ」・・・卑屈な口癖を止める。
                                眉間に皺をつくらない。
                                目線を高く保つ。
                                やさしくやわらかく手足を使う・・・などなど。


                                意志さえあれば誰でも取り組めることだ。
                                「習い、性となる」と言われるように続ければ身に付き、
                                それが新しい自分を育ててくれる。
                                「出来ない」という思い込みは
                                「出来ない自分」をより強固にしていくだろう。


                                思考は足枷、実践こそ力。
                                悩める自分など笑いとばせ。
                                楽しいから遊ぶのではなく、遊ぶうちに楽しくなるのだ。


                                加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/


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                                | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
                                ショック〜!!
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                                  整骨院に勤めていた頃、新人スタッフの技術研修の台となって
                                  マッサージを受けるのが苦手だった。
                                  (マッサージ資格のない者のマッサージは
                                  クイックマッサージ店はもちろん、整骨院であっても違法です。)

                                  マッサージを受けると必ず身体が強張り、
                                  息がしづらくなり、頭がぼ〜っとして全身が重だるくなるからだ。
                                  それは施術者が新人でも指導役のスタッフでも同じこと。

                                  試しに自分の右手で左手を握ってみるといい。
                                  そっと包み込むように持てば何も起こらない。
                                  しかし、ギュッと握ってみたらどうだろう。
                                  一瞬で身体が硬直するのが分かる筈だ。

                                  自分で握っても身体はそう反応するのだから、
                                  他人にされればそれは避けようがない。

                                  反射的に硬直した状態の筋肉を
                                  体重を乗せた力でグイグイ揉めば筋線維も毛細血管も傷ついていく。
                                  それによって一時的に血行が良くなったり、
                                  温かくなって気持ち良いと感じたとしても、
                                  切り傷が治癒していく時、その部分の皮膚が硬くなるように
                                  筋線維も修復される時には硬くなる。
                                  硬くなった筋肉は血行が悪くなり、
                                  神経は栄養されづらくなり、感覚が鈍っていく。
                                  また、組織を傷つけられた脳は防御反応として
                                  次のマッサージに対して身体を硬直させて身構える。
                                  マッサージ慣れした人が強いマッサージを受けるほど、
                                  鉄板のように筋肉が硬くなり、より強い刺激でなければ
                                  満足できなくなるのはそのためだ。


                                  「痛気持ち良い強さ」なら良いと考える人もいるが、
                                  今言ったように強いマッサージを受けるほどに感覚は
                                  鈍磨していくのだから、「痛気持ち良い」というその閾値も
                                  どんどん上がってしまう。
                                  鈍磨した感覚が満足する「痛気持ち良い強さ」のマッサージを
                                  受け続けることでより強い刺激でしか満足できない身体になってしまう。

                                  慰安目的ならそれでも良いだろうが
                                  治療となればそうはいかない。
                                  時には要求に応えない、という事も重要なのだ。
                                  お身体のためにならないことを
                                  求められたからと言って応えていては治療にならない。


                                  例えば、猫背の人は多いが、この場合背中の筋肉は
                                  引き伸ばされた状態で硬くなっている。
                                  縮んでいるのは前側(胸・腹側)だ。
                                  なのにマッサージでより時間を割かれるのは背中の施術。
                                  さらに背中をゆるめて伸ばしてどうする。
                                  より猫背になっていくではないか。

                                  マッサージ後、しゃんと背筋を気持ちよく伸ばせているだろうか。
                                  ※(「背筋が伸びている」という状態は
                                     実際には背中側の筋肉は程よく収縮している。
                                     収縮することによって背骨が伸展する。)

                                    
                                  「気持ち良かった〜」といいながら肩・腕をだらりと
                                  下げてはいないだろうか。
                                  施術直後だというのに、肩や首をグルグル回したり、
                                  背中をゴソゴソ動かしたくならないだろうか。

                                  それはそのマッサージが慰安にはなっても
                                  治療にはなっていなかったということだ。

                                  鈍った感覚によって気持ち良いと感じたとしても
                                  身体は良くない刺激に対しては拒否反応をしているものだ。
                                  患者も施術者も「症状取り」に気を取られていると
                                  重要なその反応を見逃してしまう。


                                  身体は強刺激や不適切な刺激に対しては必ず硬直する。
                                  皮膚は弾力を失い、筋反射は低下する。
                                  やさしい働きかけでなければ心身は良い方向には反応しない。

                                  上手なマッサージ師の施術はごくごくやわらかいものだ。
                                  マッサージを受けるならそういう施術者を探すことが望ましい。
                                  鈍った感覚では物足りないだろうそんな繊細なマッサージを
                                  心地良いと感じられる感覚を取り戻すために。




                                  通院されている女性で、状態も改善してきたので、
                                  治療間隔を空けてみたが、なかなかそれから先へ進まない方がいた。
                                  医療指導も出来る範囲で守り励んでおられる素直な方だ。
                                  なのに整えた状態をこちらの予想以上に崩して来院されるのだ。
                                  介護職の方なので心身ともにストレスを受けやすいせいかなと思っていた。

                                  先日の治療の際、背中を見るといくつか丸い跡がある。
                                  嫌な予感。
                                  「これは何ですか?」
                                  「整骨院に行って・・・」
                                  やはり。低周波等のパッドの跡だ。
                                  ということは・・・。

                                  「マッサージを受けられましたか?」
                                  「はい、こちらの治療の合間に」

                                  原因判明。


                                  強い刺激のマッサージの後は、
                                  身体全体が強張り重だるく、
                                  身体にまとまりがなくなり、
                                  重心の横ブレが大きくなり、
                                  風呂上がりのように
                                  頭がぼーっとして目は開きにくくなる。

                                  適切な鍼灸治療の場合は
                                  施術中ウトウトとしても
                                  施術後は頭や瞼がスッキリと軽く、目が開きやすくなる。(注1)
                                  背中が楽に伸ばせ(注2)、身体の中心を感じやすく、
                                  身体がまとまってブレが少なくなる。

                                  治療目的も結果もまるで逆方向。
                                  いくら整えても崩れてしまうのは当然だ。


                                  「ショック〜!!
                                  ショックです〜!!」


                                  良かれと思ってしていたことが
                                  治療効果を阻害していたと気づいて
                                  動揺を隠されない。

                                  気づけたのだから良いではないか。
                                  気づいたら良くないことは止めれば良いだけなのだから。
                                  気づけなければ止めることすらできない。
                                  気づいてもやめない・・・、それはもう、ねぇ?

                                  人に見てもらうと自分では気づけないことに
                                  気づいていくことができる。
                                  治療を受けるということの大きな意義のひとつだ。


                                  私も時間の許す限り、人に見てもらいメンテナンスしている。
                                  その度に何かしら気づきがあり、学びがあることが楽しい。

                                  『学而時習之、不亦説乎
                                   学んで時に之を習う 亦悦ばしからずや。』
                                                 論語「学而篇」



                                  気づけば取り組むことができる。
                                  取り組むということが大事だ。
                                  思考癖など、いきなりガラリと変えることは難しい事もあるが、
                                  もちろん、完璧を求める必要はないし、求めてはいけない。
                                  もとより完璧などというものはないのだから、
                                  それはただ要らぬストレスをかけていくことになりかねない。

                                  少しづつ少しづつ、1mmでも先へ進めたのなら万々歳。
                                  現状維持も結構。後ずさりしても何のその。
                                  「取り組む私」を褒めてやろう。
                                  取り組むという主体的姿勢自体が、
                                  治癒力の高まりにつながっているのだから。



                                  さて、件の患者さん。
                                  この度はマッサージを受けずにご来院されて一言。

                                  「体が軽いです!」



                                  『よきことをしたるがわろきことあり、
                                  わろきことをしたるがよきことあり』
                                  『人のわろきことはよくよくみゆるなり。わが身のわろき
                                  ことはおぼえざるものなり。わが身にしられてわろき
                                  ことあらば、よくよくわろければこそ身にしられ候ふと
                                  おもひて、心中をあらたむべし。ただ人のいふことをば
                                  よく信用すべし。わがわろきことはおぼえざるものなる
                                  よし仰せられ候ふ。』
                                  蓮如上人御一代記聞書


                                  注1:普段眠れていない人は眠くなることもある。
                                  注2:背中が伸びるとは文字通り、「伸展」するのであって
                                  お腹を突き出して過度に背骨を反らしたいわゆる
                                  「気をつけ」姿勢ではない。

                                   

                                  TEL 079-421-9353 

                                  加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ http://sinq-kisaragi.net/
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                                  | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 16:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
                                  良くなる患者さん 難しい患者さん
                                  0

                                    誰からも愛される人も
                                    誰からも憎まれる人もないように
                                    誰からも喜ばれる治療というものもない。
                                    心の内側から鍵をかけている人を
                                    助けることはできない。


                                    先日ホームページで当院を見つけて
                                    ご来院された年配のご夫婦。

                                    それぞれ予診表に必要事項を記入して頂いた後、
                                    「どちらからでも結構ですよ」と言うと
                                    ご主人がお前が先にと奥さんに勧められる。

                                    奥さんの診察を終え、
                                    ご主人の診察に入る。
                                    問診中、腕をずっと組んだまま、
                                    あまり目も合わさない。

                                    ご主人は鍼治療の経験があるようだ。
                                    どんな治療でしたかと訊けば
                                    「普通の鍼治療」

                                    鍼治療といっても院によって千差万別。
                                    同じ理論、同じ流派でさえ、
                                    治療家によって治療の仕方は変わる。
                                    そんな実状を知らなくても
                                    自分が受けた治療が鍼治療として「普通」なのだと
                                    思い込んでしまっている。

                                    すべてのラーメン店のラーメンは
                                    自分がイメージするラーメンと同じはずだと
                                    言っているようなものだ。


                                    主訴は肩こりだが、かなりの猫背で姿勢が悪い。
                                    これが先ず改めるべき原因ですよと伝えても
                                    「自分はずっとこれだから」

                                    原因を改めなければいくら治療を重ねても無駄ですよ、
                                    治す気がなければ治りませんよと伝えても
                                    無表情、無反応。

                                    こういう方の治療は実際難しい。
                                    症状云々の話ではない。


                                    先ず、鍼治療の経験のある自分ではなく、
                                    初めての治療院で初めて鍼治療を受ける奥さんに
                                    先に治療を受けさせたこと。

                                    鍼経験の有無の欄を確認せず、
                                    主訴がともに慢性的な肩凝りだったので
                                    どちらからでもとつい振ってしまったのは私のミスだが
                                    ご夫婦やカップルで初めて受診される場合、
                                    一方が鍼治療経験者ならその方が先ず治療を受けられることが多い。
                                    自分が先に受けて連れ合いを安心させようという
                                    自然な気遣いだろう。

                                    問診中ずっと腕組みをされていたが、こういう方も珍しい。
                                    そもそも腕組みをして問診を受ける方はいない。
                                    初めての治療院で不安があっても、
                                    皆さん、症状や自分を理解してほしいと思ってらっしゃるので
                                    腕組みをした不遜な態度で話す人などいないのだ。

                                    そして腕組みとはそもそも心理学的に防御姿勢。
                                    顕在意識として治療を求めていても
                                    潜在意識としては治療を拒否しているということだ。
                                    いくつかの問いにも目を合わさず、
                                    投げ捨てるように答えるだけ。
                                    自分が受けた治療を「普通」と言うのは、
                                    自分の経験の枠内で思考が限られてしまっており、
                                    違う鍼治療を受ける用意はないと言っているのと同じことだ。

                                    自分のことだというのに、お身体の状態を説明しても
                                    進んで聞いて理解しようとはされない。
                                    「そんなことはどうでもいいから、早く肩に鍼を打て」
                                    という態度なのだ。
                                    どんな治療を受けてこられたかは知らないが
                                    この方にとって鍼治療は肩こりの痛み取りでしかないのだろう。
                                    もちろん、当院ではそんな対症療法はしない。
                                    治療後、呼吸の深まり、脊柱可動域の向上など、
                                    身体の改善を確認し、本人も認めたが無表情・無反応。
                                    あくまで慰安的施術を求めていたのだろう。

                                    当院では決して患者さんを「患者様」とは呼ばない。
                                    「お客様」になってしまうからだ。
                                    患いの主(あるじ)は本人であり、
                                    患いの原因の多くは日常の習慣の中にあるのだから、
                                    治すのはご本人なのだ。
                                    治療はあくまでその手助けであり、それ以上のものではない。
                                    その時点時点で最良の状態にお身体を整え、
                                    整えた状態を維持し、活かすための助言・医療指導を
                                    提供することが当院の役割だ。

                                    治す気のない患者は治らない。
                                    どれだけ治療によって身体を整えたところで、
                                    同じ習慣、同じ負荷をかけ続けて治る筈がないのだから。



                                    ピラティスやヨガ教室に通うような方は自ら変わろう
                                    という意識が強いが、治療を求める方には変えて欲しい
                                    という依存的な意識が強い方が少なくない。
                                    治療開始当初は勿論それは致し方ないことではあるが、
                                    依存心の背景には自分やお身体への信頼感の無さがある。
                                    自分に愛されていない身体が
                                    どうして健やかでいられるだろうか。

                                    そんな依存的意識から早々に卒業される方ほど、
                                    治療効果は上がってゆく。
                                    お身体への理解と信頼が高まるにつれ、
                                    治療に対する反応・感受性もまた高まるからだ。



                                    さて、これは別の患者さん。
                                    吃音に長年悩まれて当院の門を叩いてくださった若い女性。
                                    仕事中にお客に電話対応するなど緊張した場面になると
                                    言葉が出なくなるという。

                                    吃音やその他精神状態と深く関わる病を患っておられる方は
                                    症状を憎み、また自分への信頼感を失っておられる方が多い。
                                    この方もそれが言葉や態度の端々に見受けられた。
                                    けれど同時に変わりたいという思いも強い。
                                    こういう方は良くなる。

                                    胸を閉じ、肩を丸め、横隔膜と舌骨が上方に偏って硬く、
                                    呼吸が浅い。顎下に無駄な緊張があり、舌根が堅い。
                                    後頭骨の前方下降変位、右側頭骨屈曲・膨張、
                                    左側頭骨伸展・圧縮、蝶形骨右捻転その他諸々の所見を認める。

                                    改善点を指摘して姿勢を正して深呼吸してもらうと
                                    肩首の緊張が取れ、胸が開き、呼吸が深く変わり、
                                    頭も軽く、目も開けやすくなることを実感し、
                                    びっくりしておられた。
                                    まだ何も治療はしていない。
                                    意識ひとつ、姿勢ひとつで身体は変わっていくのだと
                                    この方はすぐに理解された。
                                    これは良くなる。

                                    やはり治療を始めると素直にお身体が反応する。
                                    後はその反応をつぶさに感じ、認め、
                                    歓びに変えてゆけるほど、
                                    治療効果は高まってゆく。

                                    治療中も症状に捉われ、してほしい事に捉われ、
                                    はたまた病への憎しみや怒りなどの感情に捉われていると
                                    せっかくの身体の変化を感じづらく、また変化そのものを
                                    制限しやすいが、感覚の網の目を出来るだけ細やかにして
                                    全身に張り巡らせていくほど、感受性は高まり、
                                    受診時間のすべてが自分と向き合い、理解し、
                                    身体を育ててゆく時間としてゆくことが出来る。
                                    治療や身体の反応や助言を受け入れる用意の出来た
                                    積極的な受け身は決して依存ではないのだ。
                                    それは治したい変わりたいという強い意欲と向上心の上にあるのだから。


                                    治療の数日後、
                                    『今日、電話応対の第一声で声が出ました!
                                    まだまだ無言の時間はありますが、
                                    本当に本当に嬉しかったです!』
                                    とメールを頂いた。

                                    「マイナス思考の私」と彼女は言うが
                                    良い変化を喜び、言葉に表現できる人が
                                    根本的に「マイナス思考の私」である筈がない。
                                    今はただマイナス思考な精神的習慣、
                                    思考癖をつけてしまい、それが自分なのだと
                                    思い込んでしまっているだけなのだ。

                                    マイナス思考はマイナスの事象に精神の波長が
                                    合ってしまっている状態。
                                    プラスの事象があっても目に入らない気づけない。
                                    プラス思考はマイナス思考を前提として
                                    無理やりプラスに見ようとする思考なので
                                    よりマイナス思考が深くなりやすい。

                                    マイナスのものをプラスに見るのではなく、
                                    プラスの事象をプラスの事象として気づける心、
                                    素直に認め喜ぶ習慣を身につけることが大切になる。

                                    もっと言えば、起こっている事象・現象に
                                    そもそもプラスもマイナスもない。
                                    偏った尺度でそう評価する自分がそこにいるだけなのだ。

                                    『人間万事塞翁が馬』



                                    残った症状残った症状に焦点が合ってしまう人は
                                    日常においても要らぬストレスをかき集めてしまう。
                                    日常的な愚痴、悪口、不平不満は
                                    それに相応しく心身を歪ませ固定させてゆく。


                                    残った症状があっても良い変化を認め、喜びに換え、
                                    さらに言葉に表現できる人は、
                                    明るい言葉を自ら聞く機会が増える。
                                    発する言葉が明るいものになれば、
                                    その言葉を聞く周囲の人たちの心も明るく和ませ、
                                    結果益々心身は健やかになってゆく。

                                    治療による身体の変化へのご本人の反応は、
                                    日常の精神習慣がそのまま反映されやすい。
                                    それだけに治療の場は
                                    お身体だけでなく、ご自身と向き合い、
                                    学べる場にすることが出来るのだ。


                                    治療後、彼女は「何か自分でできることはないですか」と
                                    訊いてこられた。
                                    彼女はきっと良くなるだろう。



                                    『境、順なる者は怠り易く 境逆なる者は勵み易し』
                                    吉田松陰

                                     

                                    加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/


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                                    | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 17:37 | comments(2) | trackbacks(0) |