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加古川市の根本治療専門院
鍼灸治療院きさらぎ 院長の独り言

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臨床雑話
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一文字違い
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    楽しみにしていたパラリンピック。
    毎度のことだがオリンピックの放送とは比較もならないほど
    放送枠が少ない。

    全部見られるのは一部の有料放送だけで、
    NHKでも30分番組が一つだけ。
    再放送を含めても1時間にも満たない。
    BS衛星放送でもやっていない。
    後は好成績を収めた選手をニュースで取り上げるだけ。
    中継ではまったく見せてくれない。

    オリンピックとパラリンピック。
    一文字違いならぬ一文字と一字数違いで
    この扱いの差はなんだろう。

    視聴率が取れないスポーツに民放が見向きもしないのは分かるが
    NHKくらいはもう少し取り上げてほしいものだ。
    来々期の夏季オリンピック開催国で
    マイナースポーツは応援しない、という風潮は情けない。


    さて、一文字違いと言えば、
    患者さんから過去のブログ記事の中から
    「目線」についてご質問を頂いた。

    『眉間の力を抜いて、目線を高く保つようにしましょう』
    『頭頂を空に向け、目線を高く、まっすぐ前を向いて』

    という記事を見て、『上を向くということですか?』と。


    「視線」と混同されやすく、実際そう解釈している辞書もあるようだ。
    「カメラ目線」などはその立場から生まれた言葉だろう。
    けれど「目線」と「視線」は明らかに違うと私は認識している。

    「視線を交わす」というが「目線を交わす」とは言わないし言えない。
    「熱い視線」とは言えるが「熱い目線」とは言わないし言えないだろう。

    「視線」にあって「目線」にないもの。
    それは目の動きである。
    そこには対象を見つめる目からの一定の方向性がある。


    一方、「目線」には目の動きはない。
    「目線の高さで測定する」「消費者目線」というように
    それは目の動きではなく、目の位置的高さを意味している。

    ゆえに「目線を高く」とは、
    「目の位置を高くして」という意味である。


    では目線を高くするにはどうすれば良いのだろう。
    ありていに言えば「猫背にならない」ということだ。
    背骨が鉛直方向に最も長い状態を維持するということ。

    それは仙骨が後傾も前傾もし過ぎずに程よく立ち、
    仙骨の上に背骨が、背骨の上に頭蓋骨が安定して乗っている状態。
    顎を上げず、また引き過ぎず、
    「頭頂(頭の天辺)を空に向け」ている状態と言える。

    犬が尻尾を丸めるように腰を落としたり、
    或いは逆に反り腰になっても、
    頭は骨盤の上に乗らずに前方へ傾きやすい。
    すると眉間に力が入りやすくなる。


    試してみると良い。
    頭を前方に傾けると前頭部や目に不快な重みがかかるだろう。
    同時に後頭部や首の後ろも緊張してくる。
    逆に目に或いは眉間に力を入れると頭は前方に引っ張られ、
    結果猫背になりやすくなる。

    視野が狭まり、明度も落ちて感じる。
    見えているものが暗く見えるということは
    心理的にももちろんストレスとして作用してゆく。
    逆に目線を高くすれば視野が広がり、
    視界が明るくなり、気分も明るくなってゆく。


    「眉間の力を抜いて」
    それは猫背の、頭が背骨よりも前方に位置している状態では
    なかなかできない。
    頭の位置、仙骨の角度などを細かく修正してゆく必要がある。

    眉間の力を抜くためには
    眉間の力が自ずと抜けるように姿勢を整えなければならないということだ。

    それには自分が意識的に自分の身体と向き合い、
    創意工夫していくしかない。


    以前の記事で

    『素直に実践する人は、
    【眉間の力を抜く、目線を高く保つ】
    たったそれだけの事を通して多くの気づきを得る事が出来る』

    と書いたが、自分と向きあうからこそ、自分の癖であったり、
    いかに身体が思い通りには動いてくれないのか、
    いかに無駄な力が入っているか、
    どれだけ自分が自分の身体を粗末に扱ってきたか等に
    気づくことが出来るのだ。


    さて、これは別の患者さん。
    「座り方や歩き方、身体の使い方をを少し変えるだけで
    こんなに身体は軽くなったり、しんどくなったりすると知って、
    生活の中で色々意識することが楽しくなったきました」


    自ら身体に働きかける楽しさを彼女は知ったのだ。
    それは意のままには動いてくれない自分の身体と
    向き合うことではあるけれど、
    同時に自分の身体に秘められた可能性を知ったということでもある。

    そうなればしめたもの。
    自分の可能性を信頼できる人はどんどん変わってゆくことが出来る。

    自分の身体を憎み嫌い信頼していない人が
    どうして良き方へ変わってゆけようか。



    はてさて、とにもかくにも「目線」とは目の高さのことを言い、
    「目線を高く保って」とは目の高さを高く保ちましょうということだ。
    決して「上を向く」ということではない。


    「上を向いて歩こう」なんて名曲もあるが
    実際に上を向いてなんて歩いたら
    危なかっしくて仕方がない。

    そういえば、頭上注意!なんて道路標識もあるが
    あれは前方不注意促進標識ちゃうやろか。
    危ない危ない。

    顔をあげてまっすぐ前を向いて歩きましょう!


    『世の中は一文字違いで大違い
     刷毛に毛があり 禿げに毛がなし』


    加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ http://sinq-kisaragi.net/

    | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 16:42 | comments(0) | trackbacks(0) |









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